EPISODE3 〜「今明かされる 松井秀喜 決断の真実」 
 「いつもふたりで」の脚本を書き終えてから、早くも3週間が過ぎたある日。「今 度ね、ナレーションやることになったの」と明るい声で、相沢が言った。
 アーティストに女優、そして脚本家と、その経歴はタダでさえ異色のオーラを放っ ているというのに、今度はナレーションだという。 しかも、テレビ朝日のドキュメ ンタリー番組。 私たちスタッフにとって、それはとてつもなく喜ばしいニュースで あり、とてつもなく不思議なニュースでもあった。
 「…だけど、なんでまたナレーションなんて。どっからきた話なんだよ」 いつも のんきなディレクターも、思わず問い掛けずにはいられなかった。

 そもそも今回の話は、番組のチーフディレクターである片山さんが、相沢がアルバ ムのプロモーション用につくったダイジェストCDを聴き、気に入ってくれたことが 始まりだった。これは10年ほど前に、レコード店で配布したり、雑誌やラジオを通 してプレゼントしていたもの。アルバムに収録されている楽曲の一部と、相沢による 詩、ショートストーリーなどの朗読が入っていた。
 片山さんとは友人を介して知り合ったそうだが、当時は彼もまだディレクターの卵。
いつか相沢に自分の作った番組のナレーションをやって欲しい、とその頃からずっと 言い続けていたそうだ。 長い年月を経て今、その夢が実現したというわけである。

 収録当日。地下のスタジオに入ると、そこは人で一杯。スタジオに設置された3台 のモニターには、球場の画像が写ったまま、作業中なのか一時停止の状態だ。 相沢 はその前に立ち、色々な人と挨拶を交わしている。笑顔ではあるが、少々緊張してい るようにも見える。
 「まずは打ち合わせをしましょうか」片山チーフディレクターのひと言で、一同は スタジオの外のテーブルに移動・・・

 打ち合わせは、担当ディレクターの紹介から始まり、原稿の1ページ目から目を通 しつつ、変更点の確認、どういうシーンであるかの説明、それゆえにどういう感じで 読んで欲しいかなどの簡単な指示など。
 驚いたのは1時間のこの番組において、それを構成する各パートによってディレク ターや作家が変わっているということ。 打ち合わせも、オープニングはAさん、松 井選手の人間性を強調するパトはBさん、苦悩のパートはCさんといった具合に、 そのパートごとのディレクターと行う。この段階ではまだスタジオに来ていない作家 さんもいるらしく、多くの人間が関わりあってこそ成立しているということがわかっ た。

 この番組の主人公は松井秀喜選手。メジャーリーグ入りの栄光の裏で、実は悩みに 悩んでいたこと、そんな彼の人間性をつづったスポーツドキュメンタリー。
 通常こういった番組は、男性のナレーションをつけることが多いのだが、今回はそ ういうお決まりの枠から飛び出し、女性ナレーションで冒険してみよう!というスタッ フの意気込みがあった。
 「(今回の番組は)相沢さんの声にかかってます!」と笑いながら話す片山さん。
でも彼は、この話を振ってくれた際に「相沢さんの声が好きだから、相沢さんのまま 喋ってくれればいいです」と言ってくれたそうで、その言葉は相沢にとって素直に嬉 しいひとことであったと、後から聞いた。
 打ち合わせが終了した時、21ページある原稿は、書き込みや訂正、削除の跡で一 杯だった。(念の為に書きますが、これは間違いを直すということではなく、より良い言葉選びのための第一段階といった感じなんです)


 次は、リハーサル。相沢はひとりブースに入り、準備をする。意外なことに緊張し ている様子はない。さすが、ブースそのものへの抵抗は薄い。
 「赤いランプがついたらそれがキューなんで、すぐに読んでください。じゃ、V(映像)出しますね」
 テレビのナレーションは、映像に合わせて収録される。映像とうまく合うように、 原稿にはタイムコードと呼ばれる秒数が記されており、そのタイミングでディレクター がキューを出していくのだ。
 まるで、聴力検査の時に握らされるボタンのようなものを左手に持ち、画面の映像 と右上にでるタイム、そして原稿を目で追うディレクター。 相沢も同様に、画面と 原稿と赤いランプに注意を払わなければならず、面食らった様子ではあったが、それはほんの最初のうちだけであった。


 要領がつかめてからの相沢の集中力には恐れ入った。 本番さながらのリハーサルにも、物怖じせず挑んでいる姿にはスタッフとして拍手を送りたくなった。
 打ち合わせの際に手直ししたはずの原稿に、このリハーサルの段階でもどんどん手が加えられていく。 実際に画像を見ながらナレーションを乗せていくと、イメージが違っていたり、言葉が多すぎたり、逆に足りなかったりという現象が起こるのだ。


 「相沢さん、ちょっと原稿差し替えるんで、お待ちください」
 ディレクターが優しく相沢に伝えるその後ろでは、「その表現はおかしいでしょう」 「"そして"はいらないね」「いやここではあったほうが…」という会話が飛び交う。
自分が考え作ってきたものに対する情熱、そして本当にいいものを作るための適切な表現を選び抜くための様々な意見がぶつかり合う。
 原稿が決まっても、映像が切り替わるタイミングにぴったり合わせたほうが美しい場合、映像を少し残した(余韻とでもいうのだろうか?)ほうが美しい場合があり、ここでまた、ディスカッション!!(笑)これぞ現場、である。
 本番では、プロデューサーも登場し、ディスカッションはさらに白熱する。相沢は、一時は30分近くもブースにひとりとり残されたままだった。
 各パート毎のディレクターが、それぞれの指示で進めていくにもかかわらず、最終的に統一感のある番組に仕上がるのは(当然といえば当然のことかもしれないが)、こうしてスタッフ全員が目と耳を集中させ、惜しみなく感性のぶつけあいを行なっているからなのだ。




 収録は、およそ5時間にも及んだ。 でもそれは、終わって時計をみたら5時間も 経っていたという感じで、非常に充実した、楽しいひと時だった。
 ブースから出てきた相沢は、スタッフに拍手で迎えられた。 「完璧でした」とい う言葉が、プロデューサーからもこぼれる。 女性ナレーションのスポーツドキュメ
ンタリーという試みに、成功の文字が見えた瞬間かもしれない。

 収録後、相沢の瞳は輝いていた。 脚本家という立場ではあるが、真実を元にした ドキュメンタリーというものが大好きな相沢にとって、こういう形で携わることがで きたこと、そして番組制作の裏側を垣間見ることができたということは、何にも替え られない刺激剤なのであろう。
 相沢はよく、「新しいものに取り込むときの新鮮な気持ちを大切にしたい」と言う。
 誰かに向かって話をするということは、ラジオをはじめ数々の経験をもっているに もかかわらず、今回の収録でこんなにも感動し、無事に成し遂げることができたのは、 きっと初めての経験をとことん楽しもうという姿勢で臨んでいるからなのだと思う。
 アーティスト、女優、脚本家、そしてナレーター。 歌って、演じて、書いて、読 んで、(あ、ラジオでも喋ってますね…)。 残すは「踊る」ことだけである(?!)。